かつてマニアックなデータマニアだったから気付いたこと

小さい頃からスペック志向

 私は小さい頃からメカが好きで、当時中学1年(昭和58年)の頃からパソコンを触り、当時の最新機種を触りに大阪の電気屋街のショールームへ行ったり、家電やAV機器となるとカタログで各社のスペックなど性能をよく比較していました。
 

 建築の道に進んだ時も同じく、建築設計を専門にしていましたが、素材や設備機器を選択する時は、カタログのデータの比較をし、最先端の物をたえず追及し続けていました。外断熱やパッシブソーラーが1995~2003年頃、流行りだした時もこれからはこのような家づくりになっていくと確信していました。
 しかし、無添加住宅の素材に対する探求心と素材本来の性質=本質を少しずつ勉強し、工法についても最新のものが少し疑問を持つようになってきました。
 

最新家電のワナにはまった

 それと同時にある日、ブルーレイディスクと携帯スマートフォンを購入することになるのですが、この時もカタログデータで最新の機能が満載されたものを選びました。しかし、期待を大きく裏切られる結果だったのです。
 
 ブルーレイディスクは電源ボタンを押した後、毎回2分程度待たないと使えないことが判明。しかも分厚い説明書で、使用方法も複雑でした。その後全く使用せず、ハードディスクを何台も購入することになりました。さらに携帯スマートフォンは、いくつかアプリを入れると、とても遅くなり、電話が鳴ってきても取れないという悲惨な状況でした。
 
この2件の偶然な出来事は、とても自分に対して「愚か」という気持ちを覚えました。機能ばかりを優先しすぎて、また日本の大手家電メーカーを大きく過信しすぎてしまっていたのです。しかし、他のメーカーにしても国内の家電メーカーはちょうどこの頃からジワジワと業績が悪化していき、テレビはサムソン、iPhoneが発売されると、世界の携帯電話がほとんどAppleに取って代わりました。

 何が違っていたのか?答えは簡単です。「速さ」と「わかりやすさ」でした。説明書がほとんどついていないのに、何か触っていると適当にわかるのです。人間が使うという原点に立ち戻っているのです。日本のメーカーは機能が多くつきすぎて、本来のそのものの目的が何かわからなくなってしまい、結果「スピード」を犠牲にしてしまったのです。各社同じようなことを競い合っていたので、そのことに気付かなかったのです。
 

「家」本来の目的は何?

 さて、「家」はどうでしょう?本来の目的は何でしょうか?
 
最も原始的な家を想像してみて下さい。

「雨・露(あらゆる気候)から凌ぎ、天敵から身を守り、命を守るための器」ですよね。こんな原始的な家に住むことは考えないとしても、命を最優先に考え、その次に間取りやデザインや快適性や省エネを考えますよね。

ですので皆さんは大地震が来ても命は守りたいですし、火事になっても命は守りたいという大前提は頭の片隅にあると思います。しかし、そのことは自然と当たり前に思っていませんか?
日本の法律が守ってくれているし、しかも有名な会社ではそんな大前提は無視するはずがないと思い込んでいませんか?
 

最先端の家は果たして家の大前提は守れるか?

このことが先ほどの言った家電メーカーのこととよく似ているのです。法律はしっかり穴が空いていますし、量産ハウスメーカーは、最先端の電子制御化した家づくりに没頭し、競い合っています(個人的には興味だけはありますが)。しかもそれに連られ、工務店も電子制御とまではいかないまでも性能の頂点を競い合う同じような方向に向きつつあります。自然素材であろうと人工的な素材であろうと、元々原料はみな地球から採れたもの。その素材の持つ特徴をしっかり理解していれば良い悪いの判断はつきます。しかし、混沌とした経済を活気づけるには電子制御化し、素材は石油製品で安く作るというのが第1前提になってくるのです。果たして、命は第1に守ってくれるのでしょうか?
 

競い合うと副作用が出てくる・・・

 
 医療業界でもそうですが、建築業界でもその副作用がそろそろ最近出始めてきたので、ところどころでご紹介していきたいと思います。

家のうちそと勉強会で学んだこと


 

無添加住宅原点視察ツアーで学んだこと